防音の悪いアパート時代+貧しさ

昔、私は小学校の中学年時代まで、「長屋」に住んでいました。
長屋って、今ではどのくらい残っているのでしょうか?
めっきりみなくなりましたね。
江戸時代をモデルにした時代劇などではみかけますが。

長屋は、テレビで観るほどよいものではありません。
部屋数も少なく、またとても狭いものです。
さらに、お風呂なんてありません。
トイレが備わっていない長屋もあります。
今で言う単身者向けのワンルームマンションよりも狭い居住空間に家族4人が暮らしていたということでしょうか。

それでも、居間兼寝室は、ふとんをしけば、1人1畳くらいの面積を与えることはできるでしょう。
逆に言うと、それ以上狭いと、一部屋に家族全員が寝ることのできないほどの空間です。

リビングなんてありません。
台所はあって、丸いちゃぶ台を置いて食べる場所がダイニング?

屈強な男が強烈なパンチをくらわせたら、隣人の居間に貫通してしまうほど薄弱な壁の仕切りです。

現代のワンルームマンションよりもお粗末な造りですが、それでもさほど気にならなかったあの時代は、世間全体が貧しかったからでしょうか。
それから、日本はいずれ発展するという期待もあったからでしょうか。

あれから30年経て、時代は大きく変わりました。

ワンルームといえど、トイレとバス(風呂)のない居室は珍重(?)です。
おかげで、お風呂屋さん(銭湯)は倒産の嵐です。

「洗い髪が芯まで冷えて…」というかぐや姫の歌っていた神田川の世界は、はるかかなたに飛んでいます。
「4畳一間の小さな居室」に今の若い人は住むことができるでしょうか?

さて、その流れた現代で、私が生まれて初めて最上階のアパートに住むことになりました。
最上階と言っても、重量鉄骨3階建ての3階部分です。
新築好きの嫁が選びました。

女性は、男以上に住空間を重視しますね。
私は、古くても、少々汚くてもいいから、思いっきり、音楽を流すことのできるような居室が好きなのですが…。

話を元に戻しまして、新築3階の部屋に住むことになり、居住空間が狭くなった以外は、喜んでいました。

ところがある日の夜、仕事のことで業者とみっちり話し込んでいたことがありました。
私たちの注意が届かなくて、幼い子どもが夜間に部屋を走り回っていたようです。
その晩は、子どもの相手をしてくださる方もいたので、実情に気づかずにすごしていました。

すると、数日して、「夜、上がとてもうるさかった」という苦情が直接飛び込んできました。
「子ども達はストレスで失禁した。こんなことは今までなかったことだ」ときつい女性の人が怒鳴りこんできました。
そして、おそらく復讐もこめて、思い知らせてやろうとするように、直接子どもを近くに呼びつけ、きつい口調で怒って、泣かせてから居を後にしました。

確かに迷惑をかけたのはよくない。
あれから、部屋を歩くのは、常に忍び足として、音に敏感になりました。
アパートは、部屋の広さよりも、もっともっと狭くて窮屈な空間に変貌しました。

そんな風におとなしく生活していた中、しばらく経って、例の人がもう一度、玄関口に訪ねてきました。
(続く)