2018年3月27日
濡れ衣をきせられる(続き)

文中に招き入れてお顔を眺めると、以前訪問してきた方と少し雰囲気が異なるようでした。
今回、訪れた方は、階下に住んでいる女性。
前回、きつく怒った方は、その人の姉にあたる人という話でした。

今回、訪ねて来られた方が言うには、「その日の朝6時から7時の間にドンドンと響き渡る音が上から聞こえた」ということでした。

その日、我が家ではすべての者がその時間にぐっすりと寝入っており、響くような音を出す場面は考えられないと答えました。
「そうですか」としばらく話をした後、納得いかぬようにその人は帰宅されました。

今回は、濡れ衣まで着させられて、嫁も私もほとほと弱りました。

それで、管理会社に連絡を入れました。
すると、係の方が教えてくださいました。

重量鉄骨の建物は、鉄筋コンクリートとは違って、直接上の音が響くだけでなく、離れた部屋からの振動も伝わり、それがあたかも真上から音がするように感じることがあるものだと。

それから、苦情は、直接伝えるとトラブルが大きくなることが多いため、まず管理会社に言ってもらい、注意や警告を促す方がいいということでした。

実は、今回、責められたのは私たちですが、下の家族の方も晩遅くまではしゃぎ回っていた日もあるのです。

自分たちの事は棚に上げて、私どもを一方的に責める仕打ちにどう対処するか?

私も時に怒り心頭に発し、攻撃的な対処法に出ることがあります。
では、今回、私がどういう手を使ったか?

言い返すか、怒鳴りに行くか、管理会社に言うか、はたまた裁判でもしようと言い出すか…。

そんな気は起こりませんでした。
管理会社を通さずに復讐を行った女の人には正直、いい気持ちは持っていません。
しかし、復讐の報復をすることは避けました。

静かに私は、嫁に切り出しました。

「このアパートを出て、引っ越ししよう」
それが私の考えたベストな選択だと思いました。
「えっ?……どうして?」
と嫁が疑問をもって聞き返してきました。

その理由が分からぬわけではありません。
自分たちだけの問題ではないのに、一方的に問題視され、こちらが出ていく。
しかも、転居してまだ3ヶ月も経っていない状況という中で。

しかし、私は思いました。
このまま同じ場所にいて窮屈な生活をする自体が疲れて、ストレスになる。
また、注意深く、気を遣って生活していても、疑いをかけられる。

嫁は、まだ合点がいきませんでした。

「自分たちがほしいのは、穏やかでしあわせな生活だ。
このままここに住んでもしあわせに暮らせるとは思わない」

私は、そう告げました。
しかし、嫁は、引っ越し費用のことも心配していました。

「いいじゃないか。30万円か、もっとかかるかもしれないけれど、穏便な生活が手に入るなら、それでいいじゃないか。
誰も傷つけず。彼も恨まず」

私の言葉がさらに後押ししました。

「何のためにお金を稼いでいると思ってる?」

嫁は、少しきょとんとした顔をしていました。

「大きな理由の1つは、嫌な人と一緒にいなくていいことだよ。
嫌な人の理不尽な要求に従わなくてもいいために、お金を儲ける必要があるんだ。
贅沢するとか、いい暮らしをするとか、そんなことはたいしたことではないじゃない。
ここで引っ越しすることが、お金を活かす使い方だよ。
こんな時のためにこそ、お金が必要なんだ」
と熱意をこめて真意を告げました。

「分かった」と嫁は言い、管理会社に連絡を入れました。
管理会社も誠意をくださいました。

「同じ管理会社が扱っている物件で、鉄筋コンクリートで1階の部屋が空いています。
そこに引っ越す場合、特例として、敷金は全額返還し、次の物件の入居費用に充てます」
というものでした。

部屋は異なれど、また1階に逆戻り。
しかし、地階のため、下に迷惑をかけることがないのは、ありがたいことです。

それまで、生活を営んでいて、問題が引き起こされた重量鉄骨のアパート。
その横には、闇にまぎれた田んぼが広がっていました。
暗がりの駐車場には、軽自動車の一群が、実物より大きく威容を見せつけるように、鎮座していました。