2016年5月9日
モスバーガーの敵は、マクドナルドではなかった

以前、「吉野家のライバルは、すき家ではない」という記事を書いたことがあります。
同じ意見を実際の場面から書き込んだ記事を見つけました。
実際に起こった、事実ですから、より説得力があります。

この記事は、Mag2newsからの引用です。
さらに、その記事も、

「いい仕事をしたいなら、家族を巻き込みなさい」
という『いい仕事をしたいなら、家族を巻き込みなさい!』櫻田厚氏著 KADOKAWA/中経出版からの引用のようです。

本日は、その紹介とします。

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1971年7月にマクドナルドの1号店が銀座にオープンしてから、日本の本格的なハンバーガーの歴史が始まったが、その年の秋、元証券マンの櫻田慧氏はアメリカに渡りハンバーガーの修行をした。

そして翌1972年3月、東京都板橋区の成増でモスバーガーの1号店を開店する。
その創業者の甥で、当時21歳だった櫻田厚氏は、アルバイトとして成増店で働き始め、1978年には成増店の店長に昇格した。

櫻田厚氏は、成増店で教育した社員やアルバイトは日本一のスタッフであると自負できるほど、誰もが欲しがるような人材を育てていった。アルバイト全員が店長やマネージャーと同じく日計表作成や棚卸、シフト組むなどのマネジメントができ、家族のような結束力だから人が辞めることはなく、「働かせてください」と頼みに来る人も多くて、「そう簡単には入れない」という精鋭ぞろいの店になった。

ところがその年、成増店の通りを挟んで向かい側に突然、マクドナルドが出店してきた。
開店以来6年が経っていたモス成増店の最大の危機である。成増の商店街の人たちも、後から聞けば「絶対モスが潰れるとおもっていた」と言っていたほど。

立派な建物に、工場のようなバックヤードで、それに比べると、モス成増店は小さい家の台所。設備では圧倒的に負けている勝負が始まるが、櫻田氏は特に何をした、ということはなかった。

オープン日の前日の木曜日にスタッフに言ったことは、「とにかく掃除をいつも通りきちんとやろう。店内もご近所もいつもと同じように掃除し、商品は気持ちを込めてお客様にお渡ししよう」といった程度のことだった。
そして、マクドナルドが開店した金曜日、モス成増店の売り上げは23万7000円で平日の新記録であった。

翌日の土曜日は37万円で、日曜日の売上はなんと約50万円。さらにはその月の売上は847万円で、マクドナルドを上回っており、現在だと2500万円の売上に相当する額である。

日本には判官贔屓なところがあるから、「地元で自分たちが応援してきたモスバーガーがマクドナルドのせいで無くなるのは困る」ということで、1週間に2回来ていたお客様が3回も4回も来てくれていた。
それは創業から6年間、ずっとやり続けてきた「お客様との信頼関係を育てていこう」という地元に根ざした気持ちが形になったのである。