2023年7月13日
人は性善説、それとも性悪説?

現在、人気マンガのキングダムで、歴史に名を残している韓非子を秦に招いています。
韓非子は、性善説を嫌い、人は悪を行うがゆえに、法律が必要だという持論を持っているように思われます。

さて、人は、一体、性善説なのでしょうか?それとも性悪説で説明できるのでしょうか?
私が考えるフィクション話を語ります。

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登場人物紹介

講師
一文字浩介

地方の準難関大学卒であるが、なぜか帝国大学の講師をしている
心理学者の若手

興味は豊富で、多彩な知識を持つが、まだ何も大成していない
学術とは変わった認識を持つ
言葉使いは、ていねいだが、少し変わり者

生徒1
橘涼香

元、理系女子
宇宙など、壮大なものにあこがれる
宇宙物理学科を目指し、大学受験では合格できるレベルにあったものの、研究に残ることができる者は、ごく一部の天才だけと知り、人文科学を専攻する
気丈な性格といえる

生徒2
円山由貴子

文系女子
ふくよかで、穏やかな才女
彼女の優秀さは、時にかいまみられる
感性豊かな性格

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一文字:君たち、性善説と性悪説について、聞いたことはありますか?

橘:先生、私たちをバカにしているのですか!

円山:私も一応、知っています。

一文字:最近の人気マンガのキングダムで、それについて、主人公の「信」と歴史に名を残している、韓非子の問答が繰り広げられました。
とても今日も深い考察です。

橘:そうでしたか。それで、先生は、どちらの側についたのですか?

一文字:ぼくの考え方は、それとは異なります。
視点が異なると言った方が的を射ていると感じました。

円山:では、先生は、どのような意見なのですか?

一文字:ぼく自身は、性善説と性悪説というカテゴリーに分類すること自体が間違っている、あるいは、それは言いすぎとしても、「無理がある」という思考法です。

橘:えっ、そうなのですか?では、一体、どのような観点で考察されているのでしょうか?

一文字:ぼくは、人という者は、「心地よさ」「居心地のよさ」を求めるものだと思っています。

橘:あれ?それだったら、人間と動物は同じようなものじゃないですか!
人と動物を区別する要素をどう考えているのでしょうか?

一文字:橘君。君が指摘されている通り、人間と動物に大きな隔たりはありません。人は9割感情の動物だと考えています。

橘:それならば、人類が他の種と大きく異なる文明を築いたことをどう説明するのですか?

一文字:はい。それを説明するために、少し横道にそれた解説をさせてくださいね。
人も動物も脳は、3層構造でできています。

円山:3層構造ですか。具体的に教えて下さい。

一文字:基本の1層は、生存のための脳です。心臓中枢、呼吸中枢などがあります。延髄とその上層部がこれを担当します。

円山:最低限、生きていくための脳ですね。

一文字:はい。ところで、円山さん、自分の心臓を自分の意思で止めることができますか?

橘:言われてみれば、それは無理です。物理的に破壊すれば、できますが…

一文字:そうですよね。自分の心臓でさえ、自分の思考力で制御することができません。反対に走ると、自分の意思に関係なく、心臓の鼓動は早くなります。つまり、心臓の動きは自分では制御できないということです。

円山:確かにそうですね。生存脳は、独立しているということでしょうか?

一文字:はい。自律神経という言葉がよく使われます。これは、生存脳から出た末梢神経で、意思で制御することができない神経です。

円山:その上の2層は、どのような脳になっているのですか?

一文字:視床下部、下垂体系などです。ホルモンの分泌を司ります。
また、海馬による記憶や扁桃体による無意識とも関連します。
ここが、動物脳に相当します。

円山:動物脳ですか。人間は、所詮、動物ということですか?

一文字:知能が発達したとはいえ、感情的には動物と大差ありません。むしろ、動物よりひどい行為を行うこともありえます。

橘:では、人間と動物の決定的な違いは何ですか?

一文字:それは、第3層となる、「大脳皮質」によります。
これで、高度な思考と文明を生み出しました。

これが、人間が地球の支配層として君臨している理由です。

大脳皮質の中でも、特に前頭葉は、判断や理性を司る部位です。
ここが、破損すると、自分勝手な行動をとることが増えます。

円山:人と動物は、基本的の本能で動き、時に自己犠牲を伴うほど尊い行動を選択することがあるということですね。

一文字:その通りです。
人間の脳は、わずか3000年から4000年で進化することはできませんから、石器時代と同じ脳で動いているということです。

橘:それは理解しました。
では、最初に立ち返って、性悪説と性悪説について、どのように論じるでしょうか?

一文字:前述した通り、性善説と性悪説に二分すること自体が現実に沿っていない理論だと考えています。

橘:そうだとすると、先生は、それを超えて納得する理論を提唱することができますか?

一文字:古来から継承されている歴史家の理論を覆すことができかどうかは解りません。
ただ、自分なりに思うところがあります。

橘:それは、何ですか?

一文字:「人を性善説か性悪説かに分類することができるのか?」という素朴な疑問です。
人は性善説並びに性悪説とは別の傾向があるのではないかと思うのです。

橘:一体、どういうことでしょうか?

一文字:性悪説となる犯罪、詐欺、だまし行為については、枚挙に暇がありません。

一方、飛行機事故で寒冷の湖に落ちた事故に対して、特筆すべき行為があります。
このままでは、命が絶えると解っている中年男性が、ヘリから降ろされている命綱を自分ではなく、若い子どもに譲って救命したことがありました。

これは、自分の生存本能を超えて、大脳の前頭前野で判断した行為だと考えられます。

円山:そのような行動をとった人の話は聞いたことがあります。
「人の美しい愛」として、とりあがられる好例です。

橘:マザーテレサは、自分に財産がなくとも、恵まれない人に寄付を行っていましたね。

一文字:こうした例は、性善説を意味しているのでしょうか?

橘:一概に決めつけることはできません。

一文字:ぼくもそう思います。

人も含めた動物の本質は、「自分がいごこちのよい位置にいたい」という根源的な欲求によるものだと考えています。

「気持ちがよい」「スキッとする」「後悔をしない」
それらを総合して、時には真逆な行動をとることもあるけれども、人は、「いごこち」を求めた場所に移動するように動いていると思うのです。

ですから、私にとっては、性善説も性悪説も意味がありません。
善悪の判断も変わるように、人がとる行動も変化するのです。

橘:私には、先生の言うことが正しいかどうか判断することができません。ですが、あながち間違っているとは言えないように思います。

円山:多少なりとも、人はよいこともすれば、悪さもします。それが人間らしさとも言えるかもしれません。

一文字:人間が善悪のどちらかと断じることはできません。
ただ、愚かな動物だと思うのです。

橘:それも、あながち間違っているとは言えないと思えます。
人間って、不思議な生き物!

一文字:曖昧な表現ですが、その方が、納得できます。

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考察:性善説か性悪説かを断じることはできない。人は愚かな動物かもしれない。
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