2023年2月9日
五・一五事件で、チャップリンが殺されかけたこと

人は一人では生きていけません。ですから、ゆるい意味、広い範囲で他者との相互依存が生まれています。
自然なことです。

他者を受けいれること、受容することは、とても大切な人間的な好意です。

ただ、他者をどこまで受け入れたらいいのか、どこまで許容しても良いのか、という分岐点をみきわめることは、とても難しい判断となります。

今回は、受容することがテーマです。
それから、五・一五事件とチャールズ・チャップリンの意外な関係を語ります。

登場人物の作り話とともに、余人に知られていない事実を見ていきましょう。

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登場人物紹介

講師
一文字浩介

地方の準難関大学卒であるが、なぜか帝国大学の講師をしている
心理学者の若手

興味は豊富で、多彩な知識を持つが、まだ何も大成していない
学術とは変わった認識を持つ
言葉使いは、ていねいだが、少し変わり者

生徒1
橘涼香

元、理系女子
宇宙など、壮大なものにあこがれる
宇宙物理学科を目指し、大学受験では合格できるレベルにあったものの、研究に残ることができる者は、ごく一部の天才だけと知り、人文科学を専攻する
気丈な性格といえる

生徒2
円山由貴子

文系女子
ふくよかで、穏やかな才女
彼女の優秀さは、時にかいまみられる
感性豊かな性格

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円山;社会生活でも受け入れることが大切となります。ましてや、カウンセリングでは、クライアントの気持ちを受け入れる、つまり受容することができなければ、治療関係を築いていくことができませんね。

一文字;その通りです。ですから、治療初期では特に受容することが必要な場面が多くなります。そして、その後の継続した治療関係においても、クライアントが「受け入れられている」という実感を持ってもらうことが大切になります。

ただ、受け入れられる = 受容することのできる判断を誤ると、病状や症状を悪くします。
ここで、病状と症状を区別したことには意味があります。
病気のない健康な方でも、悩みやストレスで症状がでます。そういう広い視野で問いかけや返答を考える必要があります。

橘:受容することに失敗した事例を教えてもらえますか?

円山:涼香ちゃん、成功例ではなく、どうして、失敗例なの?

橘:別に…何となく。

一文字:そういう見方も参考になります。失敗から学ぶことは多く、貴重なことです。失敗例を検討して、活かすことができれば、次につなげることができます。
ぼくも、パチスロをやって、1ヶ月間に10万円以上も負けました。生活できないと恐怖しました。それから、真剣に勝つ方法を模索しました。

橘:先生が努力したのは、理解できます。でも、結局は負け組にすぎなかったのでしょう?
円山:涼香ちゃん、失礼よ!

一文字:いいえ、いいですよ。
ぼくは変わり者です。台選別の傾向、99%当たる設定判別法、逆回しして、BIGかBARのどちらでもコイン1枚で揃える方法を会得しました。
その結果、1年半ほどで、300万円ほどの資金を稼ぐことができました。

橘、円山:ええー!インチキしたのではないですか?
一文字:それはできません。インチキ(いかさま)したら、店から追い出されます。警察に捕まるかもしれません。君たちをガッカリさせるかもしれませんが、これは事実です。パチンコ店に行った日は、100円単位で収支を記録していました。確かな数字です。

橘:先生、パチプロで食っていったらよかったのに!

一文字:実際、1年間だけパチプロをしたいと思っていた時もありました。でも、キチンと働いていた方が身を崩さなくてよかった。

橘:先生に言われたくない!
円山:涼香ちゃん、そこまで言わなくても…

一文字:構いません。
さて、余談はこれくらいにして、本題に入ります。

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次にあげる事例は、私が経験したものではなく、新聞に掲載されていたものです。
詳細は分かりませんが、1つの極論として、行きすぎた受容の帰結が垣間見られます。

円山:新聞に書いてあるということは、事件となったできごとなのですか?

一文字:そういうことです。
家庭内暴力に悩んでいた家庭がありました。父親は、精神科に相談に行っていたそうです。
その相談で助言されました。「受容しなさい。何があってもじっと耐えなさいと教えられました」というものです。

橘:それで、耐え続けた結果、お父さんは、どうなったのですか?
子どもさんに殺されたのですか?

一文字:いいえ、違います。お父さんは、歯が折れるほど殴られても耐えていました。しかし、ある日……

橘:ある日、どうなったのですか?

一文字:耐えられなくなった父親が、金属バットを持ち出し、息子をメッタ打ちにして殺害してしまいました。

円山:ごく…(つばを飲み込む)。ええー!これは、本当にあったできごとなのですね。
一文字:そうです。
橘:いったい、何が、いけなかったのでしょう?

一文字:受容の意味を勘違いされたのではないでしょうか。
「話せばわかる」と言って、撃ち殺された総理大臣がいました。

橘:犬養毅。五・一五事件です。

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円山:その事件は、1932年に起こったもので、前日の5月14日から、チャールズ・チャップリンが来日していました。

橘:えっ、由貴子ちゃん詳しいわね。それは、偶然のできごとなの?

円山:それが、偶然のような偶然でないような……

橘:どういうこと?

円山:当時、チャップリンは、その人気とは裏腹に政治的に危険視されていたの。芥川龍之介は、チャップリンを社会主義者とみなし、迫害しなければならないと述べています。

橘:そうなの?信じられない。それで、事件とのつながりは?

円山:五・一五事件を引き起こした青年将校たちは、犬養毅だけでなく、チャップリンも同時に襲撃しようと計画していたのよ。

橘:えー、そうだったの!

円山:新聞に、5月15日にチャップリンを招いて、首相官邸で晩餐会が開催されると報道されていたの。それで、犯行をその日に選んだというわけ

橘:でも、チャップリンは、殺されてはいないし、襲われたという報道も聞いたことがないわ。

円山:それはね。運転手である、高野虎市さんが、機転をきかせて、回避したの。5月14日は、皇居を訪れて、翌15日は、両国国技館に相撲を見に行ったの。それで、表面的には何もなかったようにみえるのよ。

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※長い文章なので、最後の方の「チャップリンと日本」、4度の訪日を参考にしてください。

※五・一五事件とチャップリン襲撃未遂は、Wikipedia、大野裕之『チャップリン 作品とその生涯』〈中公文庫〉、千葉伸夫『チャプリンが日本を走った』青蛙房参照。

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受容することについては、別の項で改めて、さらに深めた考察したいと思っています。