2016年7月15日
ラーメンストリートがやってきた時期がある

もう10年以上前のことである。
松山で、すごい入れ替わりの光景をみたことがある。

松山では、中心地にあたるデパート(高島屋)につながる地下街がある。
そこに有名なラーメンプロデューサーが、地方の有名店を呼び寄せて、合計6店舗のラーメン街を作った。

開店当初は、広告と物めずらしさもあり、土日になると、どの店にも長蛇の列ができていた。
それぞれは、ご当地では、人気の行列店であるらしい。
その内の1つ「縁」という北海道の店は、えびの風味がよいとのことで、東京のデパートに誘致され、1日400人達成した記録を持つ店として、紹介された。
私は、その番組を観ていたものだから、ひどく期待していた。
また、旭川ラーメンとして人気のある青葉という店も出店していた。

現在は、そのどちらもランキングを下げているが、当時は、たべる人をうならせる行列店だったらしい。
私も行列に加わって食してみたものの、「残念」としか言えない感情を抱いた。
開店当初の主がいる間での食事だったから、元の味とかけ離れてはいないだろう。
それでも、自分の口には合わなかったのだから、「うまい」という基準も、ある場所では成り立っても、別の場所では分からないという側面があるのだろう。
ともかく、めずらしさの客入りはあったが、おいしさはなかった。
そして、値段が高かった。

6つの店の店では、1つだけ、おいしいと思える店があった。
そして、都合があれば、出かけて食べていた。

しかし、しばらくして、おそろしい事実が露見する。
一番おいしいと思った店が真っ先に潰れていたのだ。

そして、それからは、連鎖倒産のように次々と閉店していった。
最後まで残った青葉も1年持つか持たない内に撤退した。

さて、話はここで終わらない。
ラーメンストリートは、空いた店に別のラーメン屋を入れて、2回転目のトライを始めたのだ。

この時に、新規の店は、いくらか人が入ったが、一斉開店の時のようなパワーはなかった。
そして、長くはない間に2回転目の店も次々と霧散していった。

つまり、地下街にて、2年ほどの間に、計12店の屍が築かれたのである。

この地は、高い値段で売るラーメン屋を開業するのには適していない場所と推定した。
もしかすると、多数をうならせるほど、うまい店が登場したなら、やっていけるかもしれない。
しかし、実験というには、大量のサンプルが失敗した因果関係からすると、この地下街には、高級ラーメン屋が成り立つほど、人通りが多くない立地であると考えている。

つまり、ラーメンストリートの頓挫は、ラーメン屋の味も関係しているが、値段が高いことと、それに見合う集客力のない立地であることが原因だと考えている。

その証拠に、地下街で失敗した同じ店(満洲屋が一番)が、同じ松山市の別の地の繁華街では、生き残っているという、厳然とした事実がある。

内容、コスト、広告などいろいろな要素があるが、立地というものは、店が成り立つために代え難い要素と言える。