2015年8月19日
脇役の大切さ

水戸黄門、新しいシリーズは、本当に終わったんでしょうか。
でも、午後4時になったら、過去の作品が未だ放映されています。

当時の水戸黄門は、近年のものより魅力的でした。
もちろん、映像は最近のものの方がきれいです。

しかし、話は、同じようにマンネリ化。
それでも好きな人は見ていたわけです。
つまり、昔も今も物語の構造が変わらないということ。

ただし、大きく変わった点があります。
一見、たいしたことがないですが、大きな問題でした。

一つは、風車の弥七がいないくなったこと。
弥七は、かっこよく、「彼がいれば安心」という、絶対の信頼感のような印象を与えていました。
弥七の役者さんがいなくなり、代わりの人が出ましたが、代用不能でしたね。

残るは、「うっかり八兵衛」でしたが、これもまた、息抜きに重要な役割を果たしていました。
最後の方は、水戸黄門に出るキャラクターで一番ギャラが高いのは、八兵衛役の人だったという話もあります。

切れ者とおどけ者のコンビ。
結構、絶妙だったのですね。

ドラマでは、食いしんぼやデブのキャラを入れた方が安心させる役割があるといいます。

弥七と八兵衛のふたりがいないと、校門様は、面白くて引き締まった物語としては、成り立ちにくいようです。

黄門様も、助さんも格さんも代わりがいたのに、弥七と八兵衛の代役はなかったようです。
ふたりとも、かなり渋くて重要な脇役ということです。

ちなみに余談ですが、水戸黄門の主題歌のリズムって、「ボレロ」のリズムと同じではないですか?
(知っていたら、誰か教えてください)

それから、重厚な音楽の一部は、ベルリオーズの幻想交響曲からとられたものだと考えています。