2016年5月23日
選択と決断について

昨年から友達になってくれた人がいる。
誰もが名前を知っている会社の会社員だ。
私もその会社のサービスをよく利用している。

その人と友達になれたのは、人の紹介による。
その頃、FBで知り合いを紹介する慣習があって、何人の人と会ったり、Skypeで話をしたりする機会を得た。
そういう紹介で、仲良くなることもあるが、一過性に知り合う名刺交換会の時間がかかるバージョンが多くて、正直、選別できないものかと思っていた。

そんな折り、単に人と会う数を増やす人ではなく、じっくり腰をすえて話ができる人がいいという注文をつけたら、それに賛同してくれて会ってくれた人がいた。
それが、昨日会った友人である。

実は、会うのは、今回で2回目にすぎないが、私は、友人と思っている。
相手の方もそう感じてくれていると勝手に期待している。

さて、今回は、特別な場所には行かず、温泉地でゆったりした。
具体的に言えば、温泉街の宿でランチをして、温泉に浸り、その後、喫茶でゆっくり話をした。

ランチでも、もちろん話はしたが、喫茶ではさらに踏み込んだ話もした。
人と会うことの利点は、

・その人に会うことで刺激をもらうこと
・新しい視点を考え方をもらうこと
・気持ちが落ちつくこと、楽しいこと

などの効用がある。

今回は、新しい視点や少しつめた話をして、話が広がった。
しかし、それ以上に有用だったのは、話が広がった後に、とるべき選択肢が浮き彫りとなり、逆に選択肢が狭まったことである。

選択肢というものは、選ぶことができる内は華で、もうこれしかないという選ぶことのできない選択肢になった時には、もう「選択する決断」とは言えなくなる。
だから、話というものは、広げてから狭めることができたらば、有用な内容だと考えている。

映画「マトリックス」では、いくども「選択」というテーマが出てくる。
それは、ある意味、皆目分からない闇の中を突き進んでいるわけではなく、目に見える形で、どちらを選ぶかという、自分の勇気と決断を試されているのだと思う。

人が生きている様は、決断の連続だ。
何かすることを選択だと思いがちだが、何もしないことも選択の一つとなる。

人生に未来はない。
「今、今、今」の連続の集合体だ。

そこで、どう決断して、行動するかが自分の未来を作ることであり、自分の人生を創ることでもある。