2019年2月2日
睡眠の生理

睡眠の生理 
  
ヒトはなぜ眠るのか?

睡眠というのは無防備な状態である
場合によっては命の危険を伴う
また、眠りには快感という報酬がある
命を賭してまで行わせようとする生理機構が存在する

食欲や性欲同様に個体維持、種の維持のためにかかせないもののように思われる
睡眠は本当に必要なのか?

この答えは、睡眠を奪うとどのようなことがおこるのかを調べればよいのではないか?
こんな発想をもとに、古くから断眠実験が行われてきた

ロシアのマリア・マナセーナ博士は、100年以上も前にイヌでの実験を行った

そこから得られた結論は、
「眠りが長期間、連続的に奪われると動物は死に至る」というものだった

最近でもアメリカの研究者がネズミを使って同様な報告をしている

ヒトでの世界最長の断眠記録は264時間12分(約11日)
ランディー・ガードナーというアメリカの高校生(当時17歳)が1964年のクリスマス休暇を利用して達成

断眠後わずかな錯覚が出現した以外には重篤な精神症状はみられなかった

注意力の低下があり、100から7を連続的に引く計算では間違いを起こした
断眠後14時間40分眠り、寝覚めた時にはすっきりと元気を回復していた

断眠は身体よりも心理・行動面に大きな影響を及ぼす
長期にわたる睡眠不足によって最も悪影響を受けるのは精神機能であった
すなわち、睡眠は大脳にとって必要不可欠なものである

断眠時間が延長するにつれて、「フラッシュ睡眠」あるいは「マイクロ睡眠」という瞬間的な秒単位の睡眠が増してくる
行動的には明らかに覚醒しているにもかかわらず、脳波では深い睡眠の波(デルタ波)が出現する

末梢の運動系と脳とが乖離してしまう
こうした結果から、生体には一定内容の睡眠が必須のものとしてプログラムされていることがわかった

2種類の睡眠

われわれは進化の過程で2種類の異なる役割をする睡眠技術を獲得した
レム睡眠は古い型の眠りであると考えられている

魚やカエルは、爬虫類のやや進化した眠りと共通する性質がある

変温動物では、活動しないと体温は自然に下がるからエネルギーの節約になる
体を動かさないことで休める方法を生み出した

ところが、鳥類や哺乳類のような恒温動物は、体温をほとんど下げないため、エネルギーの節約を行うことができない

特に、発達した大脳機能を休息させることができない
こうして新たにノンレム睡眠という技術が獲得された

この睡眠では、大脳皮質をいろいろなレベルで休息させることができる

ヒトでは、脳波を基準にして、4段階に分けられる

さらに、体温、呼吸、血液循環、ホルモン分泌、免疫なども睡眠と連動して調節できるようになった
こうして、「眠る脳」と「眠らせる脳」が分化した

眠る脳は、主として大脳皮質
眠らせる脳は、それ以外の睡眠覚醒中枢

レム睡眠では体が休まるが、脳は十分な休息ができない
特に、脳はエネルギー源としてブドウ糖しか利用できない
ノンレム睡眠を行って初めて脳が休息できる

コンピューターでも過熱すればプログラムが暴走
さらには中枢の集積回路が破壊されることがある
脳は休息を行うことで、活性酸素を除去したり、神経細胞の修復を行う

神経細胞は一度死滅したら再生しない
細胞死を防ぐためには代謝を抑制しなければならない

ジリスという冬眠動物

ジリスが冬眠に入る時の脳波を観察すると、体温が27℃に下がるまではノンレム睡眠が優性にみられる
25℃まではノンレム睡眠が連続する様子が観察されるが、それ以上に体温が下がると脳波が検出できなくなる
みかけは深い眠りにおちいっているように見える

ところが、冬眠の時期は長続きせず、短い寝覚めの期間が断続的に繰り返される

この目覚めの周期は数時間から数日にわたり、体温が活動期なみに回復する
そして、体温が上がり出すと、何はともあれ、深いノンレム睡眠に入る
しかも、冬眠期間が長いほど深いノンレム睡眠が多くなる

かれらは、冬眠中の全エネルギーの70%以上を消費して体温をあげ、深く眠る

この間、栄養や水分を補給するわけではない
ただただ「眠るために起き出す」のだ

このことから、冬眠は本当の眠りではなく、特殊な覚醒状態であると解釈される
ときどき睡眠不足を解消しないと生命が維持できない

いったん目覚めるのは体温が低すぎると眠れないから
極寒の真冬に無理してまでも眠らなければならないという事実に睡眠の役割の重大さを考えさせられる

動物界では、ちっとも休息しないかのような生き物がいる
海洋を泳ぎ続けるマグロやイルカ、海洋の上空を飛び続けるアモウドリやカモメ
これらの動物のうち、脳波を観測できるものを調べた結果意外な事実がわかった

かれらは、左右の大脳半球を交互に眠らしている
これを「半球睡眠」という

また、大量に時間をかけて食事をとらなければならない草食獣にはうとうと状態という特殊な休息法があり、みかけはほとんど眠らない

1日8時間眠るのが科学的に良いのか?

1995年にNHKで行われた生活調査で25200人を対象にした睡眠時間
平均 7時間36分
95%の人は、4時間半〜10時間半の範囲であった

どの年齢層においても女性の方が男性よりも睡眠時間が短かった
特に、既婚、共働き、40・50歳代女性の睡眠時間が最も短かった
家事、洗顔、着替え、入浴、化粧など身の回りの用事に多くの時間をかけている
(臨床精神医学講座 睡眠障害 p53 図14)

毎日6時間未満しか眠らない人を短眠者、9時間以上眠る人を長眠者という
フランスのナポレオン1世は、一日3〜4時間しか眠らなかったことで知られる
一方、物理学者のアインシュタインは毎夜10時間以上寝て暮らした
ノーベル賞を受賞した相対性理論もベッドの中で思いついたという

睡眠は内部環境を外部環境に適応させるための技術だから、個人、環境によって変化する

短眠と長眠の違いは何か?
それは睡眠の質の違いと思われる
短眠者では熟睡の割合が多いのに対して、長眠者では浅い睡眠や中途覚醒が多い
両者とも深いノンレム睡眠の量はほとんど同じであることがわかっている

世の中には、ほとんど眠らないのに元気に活動しているヒトも実在する
こういう人を無眠者という

イギリスのレイ・メディス博士の報告
一夜平均49分しか眠らないで70年元気に暮らしている女性
16歳以降は、一夜に15分以上は眠ったことがないという中年男性

年齢、性差による睡眠

新生児では、女児の方が男児よりも睡眠量が多い
睡眠中の呼吸停止による睡眠障害も男性が多い

女性では、黄体ホルモンによって眠気がくる
特に、黄体ホルモンが著しく分泌される妊娠初期では眠気がたかまる

中高年になると睡眠の質は変化する
深いノンレム睡眠が減少する
中途覚醒が増加して睡眠が分断される

概日リズム

地球上の生物はバイオスフェアという地表の限られた圏内に住んでいる
バイオスフェアは昼夜のリズムが規則的に交代する環境

この日周変化に同調し、変化を予測しながら活動と休息のリズムを繰り返すことが生物にとっての基本的な生存戦略
従って、すべての生物は体内に生体時計を構築して環境サイクルに同調する行動を示している

睡眠はこのような活動と休息の概日リズムを背景にしている
睡眠はすべての生物に備わっているわけではなく、脳の発達した高等な動物に限定される

多くの無脊椎動物や変温性の脊椎動物では睡眠を定義することが難しい
恒温性の脊椎動物にのみ、睡眠を認める
この特徴として、終脳(大脳)がよく発達していることである

動物たちは、進化の過程で情報処理と機能調節のために脳を構築した

その進化に対応して、「脳のための管理技術」として登場したのが睡眠
そして、睡眠を統御するのも脳の仕事になった

睡眠は脳のための重要な生理機能であり、生存のために欠くことのできない行動
進化的な背景から現象的には2大法則によって調節されている

1)睡眠は1日を単位とするリズム現象であり、脳内に存在する生物時計の影響下にある
= サーカディアン(概日)性の調節

2)先行する睡眠不足の程度によって大脳が必要とする睡眠の質と量とが決定される
= ホメオスターシス性の調節方式

つまり、睡眠は時刻依存性の概日リズム機構と時刻非依存性のホメオスターシス機構とによる二本建てでコントロールされている

概日(サーカディアン)リズムの発達

行動、睡眠、自律神経機能などの日内変動は生物時計の発振する概日リズム(生体リズム)circadian rhythmにより支配されている

生後1ヶ月間は一定したリズムのない短い睡眠の繰り返しがみられる
1ヶ月をすぎると睡眠の時間帯と覚醒の時間帯が分離してくる
1日の総睡眠時間は新生児で16〜17時間

4ヶ月で14〜15時間、6〜8ヶ月で12〜14時間、1歳で11〜13時間
乳幼児で10〜11時間、学童期で8.5〜10.5時間

睡眠の短縮は主として昼間の睡眠の減少で夜間の睡眠量はあまり変化しない
睡眠段階 1〜4のNREM睡眠とREM睡眠を繰り返す
成人では90分の周期をとる(新生児では50分と短い)

哺乳類の生物時計は視床下部の視交叉上核にある

この部位を破壊したラットでは概日リズムが消失する
この部位を生体外に取り出して培養しても神経細胞の発射活動に概日リズムが認められるこの核が網膜からの入力を受け、脳の広い部位に出力を行っている

人の体温は午後4時から7時に最も高く、夜になるに従って低下し、早朝の起床時1〜2時間前に最低となる
人の体温の日内変動は概日リズムによって支配されている

フリーランリズム

外界から完全に隔離された実験室で長期に生活させると約25時間の周期で睡眠と覚醒が出現することが知られている
= フリーランリズム free run rhythm または自由継続リズム

日常生活では24時間周期の環境変化によって生活するため、生物時計の内因性リズムを外界の周期に同調させる必要がある

同調機構に働く因子として最も強力なのは光である
そのほか、スケジュール、社会的要因、食事のタイミングも影響を与える

人に太陽光に近い強い光を浴びせると、照射時刻に応じて次の入眠の時刻が変化する
朝早い時間帯に高照度光を照射すると入眠のタイミングが早まる
夜の時間帯に高照度光を照射すると入眠のタイミングが遅くなる

睡眠のリズム

眠気は時刻とともに変化する
→ 睡眠の起こりやすさには概日リズムがある

生物時計はほぼ一日周期に活動-休息リズム信号を出している
この信号に基づいて脳は眠気を発生させるから、休息期の時間帯の方が活動期の時間帯よりも眠るのに適している

ヒトでは、約半日周期のリズム(サーカセメディアン・リズム)もあるから正午すぎの一時期に眠気が少し高まる

睡眠はさらに短い周期(成人では約90分)の超日リズム(ウルトラディアン・リズム)もあり、小刻みな睡眠エピソードの繰り返しで構成されている

サーカディアンリズムよりも長い周期を持つリズムをインフラディアンリズムという

約4週間を周期とする女性の月経周期における黄体ホルモンには睡眠との関連が知られている

睡眠が起こりやすい時間帯は午前0〜7時と午後2〜4時の2つ
(臨床精神医学講座 睡眠障害 p117 図32)
居眠りが原因の交通事故発生のほとんどは午前0〜7時、特に1〜4時に集中している
(例)
スリーマイル島原子力発電所事故は午前0時
チェルノブイリ原子力発電所事故は午前1時23分

体温や各種ホルモン分泌活動も概日リズムの影響下でほぼ1日周期の変動を示す
これらのリズムが昼夜リズムと脱同調すると心身の変調をおこす

ジェット機での東西旅行

時間帯に同調した位相変位をすることができない
= 外的脱同調
→ 時差ぼけを生じる
体温や各種ホルモン分泌活動も変調をきたす
= 内的脱同調
→ 消化管系のストレス、頭痛、不眠、眠気

生体時計の内的な1日はおよそ25時間

ずれを修正するために外界の昼夜リズムや社会リズムが同調因子の役割をして、無意識の内に生物時計をリセットしている

睡眠のホメオスターシス

睡眠をコントロールする脳(眠らせる脳)は、先行する睡眠不足量をもとに、後続する眠りの質と量を決定している

眠らずにいる時間(断眠時間)と睡眠欲求とのあいだには強い相関があり、断眠時間が延長するにつれて眠気は直線的に増大する

断眠後の睡眠(回復睡眠)は変化し、いわゆる「はねかえり現象」が出現する
断眠時間が長いほど深い眠りが多量に出現する
これが熟睡であり、日常でも寝入りばなの3時間のあいだにもっとも優先的に配分される

この事実から生体に一定内容の睡眠が必須のものとしてプログラムされていることを示している

第1の法則には体外環境の安定した未来を当て込んで前向きにプログラムが設定

第2の法則には体内環境の変化した過去を振り返り、後ろ向きに補償できるようになっている

2つの法則は互いに協調し、相補的であるが、それぞれ独立して作用できる

高等脊椎動物ではレム睡眠とノンレム睡眠が分化し、異なる役割を分担している

レム睡眠は急速眼球運動(rapid eye movement, REM)を伴う睡眠という意味
脳波では覚醒に近い状態であるのに行動上は深い睡眠状態

逆説睡眠 paradoxical sleepともいわれる
筋の緊張がとれ、体はぐったりしている
そのため夢をみていることが多い

ノンレム睡眠はレム睡眠でない眠りという意味

いわゆる安らかな眠り
ヒトでは、浅いまどろみの状態から、ぐっすり熟睡している状態まで、脳波をもとに4段階に分けることができる

ノンレム睡眠は脳を沈静化させるための眠り、レム睡眠は脳を活性化させるための眠り

健康な成人ではこれら2種類の眠りが約1.5時間の単位をつくり、いくつかの単位がまとまって一夜の睡眠を構成している

最初の2単位、つまり寝入りばなの約3時間の間に深いノンレム睡眠(段階3+4、熟睡)がまとめて出現する

それ以降は浅いノンレム睡眠(主として段階2)とレム睡眠の組み合わせとなる
各単位の終了時ごとに目覚めやすくなる

2種類の異なる睡眠調節機構

ニューロン活動にもとづく神経機構
睡眠物質にもとづく液性機構
睡眠物質は脳脊髄液を介して脳全域に伝えられる

成長ホルモンを分泌させる成長ホルモン放出ホルモンには睡眠促進作用がある

ストレス状態では副腎皮質ホルモンが放出され、睡眠を抑制し、不眠がおこる

生体がウイルスや細菌に感染すると、体内で分解されて生じた物質が発熱と睡眠を誘発する → 感染後に生じる眠りは免疫増強作用を担っている

睡眠促進物質SPSの発見

1983年にウリジン、1990年に酸化型グルタチオンの発見
ウリジンは抑制性ニューロンを活性化
→ 広い領域で神経活動を抑制し、結果として睡眠を促進

酸化型グルタチオンは興奮性ニューロンを抑制
→ 覚醒状態を抑制し、結果として睡眠を促進

生理的な快眠法

入浴
体温の上昇期には眠りにくく、下降期では眠りやすい
就寝直前ならぬるま湯、もっと前なら熱めの湯が寝付きをよくする

適度な音響
安らぎのメロディーや単調な音のリズムが眠りを促進することがある

食事

寝る前に胃腸がいっぱいになるのは好ましくない
消化のよいもの、吸収の早いものを少量とることは気分が落ち着いてよい
アルコールは入眠を促すが、睡眠を維持するには悪影響がある

寝室環境
色彩、保温、防音、防塵、防虫など

目覚ましのセット時刻
人の眠りは90分(1時間半)を一単位とするので、就眠後4.5時間、6時間、7.5時間後にベルが鳴るようにセットしておけば目覚めによい

レム睡眠では、呼吸、血圧、心拍などの自律神経系の機能が著しい変化を示す
そのため、レム睡眠は「自律神経機能の嵐の状態」とも呼ばれるようになった
実際、夜間の睡眠中に狭心症や偏頭痛の発生はレム睡眠時に多い

睡眠・覚醒中枢
(臨床精神医学講座 睡眠障害 p7 図3)
統合失調症やうつ病の患者では、夜間睡眠に著しい障害がみられるのが日常的に体験される

統合失調症の増悪期では、ノンレム睡眠、レム睡眠ともに著明に減少している
寛解期には睡眠状態は改善する

また、急性期、慢性期いずれの状態においても、ノンレム睡眠の最も深い段階である第4段階の出現が減少しているとの報告が多数ある

健康な成人がレム睡眠になるたびに覚醒させると、回復期にレム睡眠が著しく増加する
レム睡眠の反跳的増加(REM rebound)という
ところが、統合失調症では、反跳的増加がおこらない

うつ病でも睡眠障害が高頻度にみられる
健康な成人では、夜間入眠時より最初のレム睡眠が出現するまでの時間(REM睡眠潜時)は90〜100分である

うつ病の患者では、REM睡眠潜時が30〜50分と短縮している
この現象は、レム睡眠を出現させる生体リズムの位相が前進しているために生じているのではないかという説がある
このようなREM睡眠潜時の短縮は、うつ病のみならず、躁病や統合失調症性感情障害の患者にもみられる
また、うつ病患者の親族ではうつ状態でなくともREM睡眠潜時が短縮している人が多い