トラウマについて その1

・ホメロスが記した、イリアスでの記載

紀元前8世紀に成立したホメロスが記した「イリアス」という叙事詩があります。
ギリシア神話やトロイ戦争と関連のある書物です。
読破しにくいと思われますが、書店でもネットでも気楽に手に入れることができます。

その中の記録に、親友パトクロスが殺された時のアキレスの反応が示されています。
アキレスは、悲嘆、怒り、自責の念と復讐心、長い喪、絶食状態となりました。
これは、重度のストレス反応に陥っていることを示しています。

ストレスは心的機構が歪曲した状態

個体の持つ対処能力を超えた外的刺激が加わって心的機構が破綻(心的外傷)した場合、心身にわたる症状を呈し、その症状がかなりの期間持続します。

心的外傷にはいろいろな種類があるが、同じような特有の症状を持ちます。
(侵入的想起、反応の鈍化、過覚醒など)

これは、生物学的な変化がおこっていることが想定されます。

トラウマをひきおこすストレッサー

1)災害
地震、水害、火山噴火
2)戦闘
戦闘員のみならず後方支援の従事者(衛生兵や死体処理班など)
3)一般的災難
自動車事故、レイプ、危険に身をさらす職業(警察官、消防士など)
4)特殊なストレッサー
人質や拷問、死の収容所

積み重なる強いストレス

1)悲惨な死や死体への暴露によるストレス
2)困難な状況で職務に専念しながらも、それが理解されないストレス
3)過酷な労働、身体疲労によるストレス
4)潜在的な心理的ストレス
5)強い責任感からくる自責的念、負い目

PTSDの診断基準(概要)

A 死や死の恐怖、深刻な負傷やその恐れに遭遇したり目撃した
  その人の反応が極端な恐怖、無力感、絶望などを含んでいた
B 侵入性の症状
  体験がその人の意志に反して繰り返し体験される
  フラッシュバックを含む
C 回避性の症状(体験を思い出させてしまうような刺激を避ける)
  駅のプラットホームに転落して列車とホームにはさまれるという体験をした女性は何年たってもその駅に近づくことができなかった
  反応麻痺性の症状(トラウマとなった体験の記憶がすっぽり抜け落ちてしまう)
  阪神大震災を体験した人には倒壊した家屋から脱出した時の記憶がないことが多い
D 自律神経系の興奮、過覚醒の症状
  不眠、イライラ、怒り、過剰警戒など
E 上記の症状が1ケ月以上続く
F 障害のために顕著な苦痛が生じている
  社会的、職業的領域で重大な問題が生じている

PTSDを発症した具他例

阪神大震災後3カ月より半年間にわたり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発生率を調査した報告
疎通性良好な対象患者186名中、6名が診断基準に合致した(3.2%)

震災の被災地に勤務し、救援活動に従事した消防職員36名に対し、震災後2〜22カ月の時点で8名がPTSDと診断された

30才男性の例
(1〜5および、A〜Fの記号を上記の診断基準と照らし合わせてお読みになると、理解が深まります)

消防士となってからはずっと救助隊員を努めている
100件近くの救助活動に従事した経験があるが、救出の現場が脳裏から消え去らないといった侵入症状の体験はそれまでなかった

 震災時の出動要請にて現場に出かけると、20歳前後の男性が両足をバタバタさせながら生き埋めになっていた。
 手探りで瓦礫を取り除くが、1)引きだした時にはすでに死亡していた。
 正午頃までに3名の生存者を救出し、1)5体の死体を引きだした。
 途中で 2)住民から何度も罵声をあびせられ、通りすがりに殴られもした。懸命に作業を続けてが、どこか夢のなかのことのように感じていた。
 深夜部署に帰るまで 3)不眠不休で、一滴の水も口にできなかった。
 2日目以降は応援が到着したが、休息をとることは難しく、3)余震によって睡眠を妨げられた。4日目に 3)めまいがして、40度の発熱が出た。医療救護班から点滴を受けながら出動したが、もうろうとして仕事にならなかった。
 6日目、医師から入院が必要と判断された。入院の際、家族に付き添われて、その時はじめて家族の無事を知った。
 それまでは 4)家族のことは努めて考えないようにしていた。5)入院するはめになって本当に情けなく、また同僚に申し訳ないと思った。
 入院中は 5)職場に復帰できないことが無念で仕方なかった。A)生き埋めになった青年が足をバタバタさせている光景など現場が思い出されて止められないことが続いた。
 現場に復帰してからも B)震災直後の光景の付随的想起が続いた。
 それは、E)1年半たった後でもある。
 戦線離脱時の無念感、自責感がフラッシュバックすることもある。
 C)通勤時には震災直後の救出現場を迂回して通る。震災関連報道はなるべくみないようにしている。
 喜怒哀楽といった人間的感情が枯渇してしまったように感じる。
 D)子供に対して怒りっぽくなっている。夜間中途覚醒することも多い。
 体調が完全に回復してはいるものの、自分の症状に気づくたびに F)自分は普通の人間ではなくなってしまったという思いにとらわれる。

研究者の報告

Chodoffの調査
ナチ収容所生還23名の15年にわたる病態
各人の生育歴が多様であるのとは対照に症状は酷似している
不眠、悪夢、不安
頭痛、動悸、易疲労感などの身体症状
抑うつ、無気力、敵意、猜疑心

Futtermanらが報告した退役軍人における戦争神経症
5年後の症状が初診時とまったく変化していない事実
不安、悪夢、驚愕反応、抑うつ、罪業感、衝動行為
回避行動、決断力低下、不眠、転換症状、自律神経症状
これらの症状は戦闘員よりも衛生兵や死体処理班の非戦闘員により多くみられた

Leopold の報告
タンカー爆発による外傷神経症の予後
34人中従来通り働いているものは12人にすぎなかった
(事故後船員をやめたもの4名、復職したものの恐怖で仕事にならず退職したもの12名、パートタイムの乗船に切り換えたもの6名)
その12人にも不安、恐怖はつきまとっている